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2002年9月4日
vol.15「運と縁について」

「先生、運と縁とはどう違うのですか?」

研修生の一人にこんな質問を受けました。

ちょっと面白い質問だったので、その事に触れてお話したいと思います。

「運」も「縁」も、どちらも「時空」、すなわち、時間と空間の上で発生する
偶発的要素の多い事柄であることは共通しています。

ただ、運の方は、なかなか自分の思うようにならない現象です。
「運の良し悪し」は、多分に「運」の方に選択権があり、
運の気持ち次第で、こちらがその影響を受けるということになります。
いわば、相手任せの要因が強い現象と言えるでしょう。

例えば、宝クジに当たりたいと思っても、
思っていたからと言ってすぐに当たるわけではありません。
しかし、大勢の中の誰かには当たるわけですから、思いが叶う人もいるわけです。
「運が良かった」の一言に尽きます。

このように、「運」と言うものは、運の側に主体があり、こちら側からすれば、
なんらかの「他動的要因」によって泣いたり笑ったりすることになります。
もちろん、宝クジも買わなければ、始めから「当たり運」に触ることができないのですが。

さて、その一方で「縁」は、「運」よりもずっと、「必然的」で、
その気になれば、こちら側が「主体」になれる現象です。

縁には「結ぶ」という言葉が使われるように、結びかけていくのは私たち自身です。

もちろん、縁も運と同じように、かなり多くの偶然に支配されている面もあるので、
それも「運の一種」と考えられなくもありません。
でも、少なくとも、人間が介在していく余地を縁は運よりも多く持っているように思います。

前述の例でいえば、宝クジを買うということは「当たり運」を呼び込むために「縁」を作る行為です。
「縁」を自発的にこしらえ、必要な事柄と結ぶことによって「運」を強くすることは可能なのです。

「縁」が開運のきっかけになるのは言うまでもありません。

過去の歴史を振り返って、歴史上の人物を検証してみると「運」が抜群に良くて成功した人よりも、
縁を上手に育てて「運」を開いた人の方が多いように思います。

NHKで放映している「その時歴史が動いた」シリーズなどを観ているとそれが実感できます。
やはり、開運には縁の力が大きく働くのです。

「縁」は「ふち」とも読みます。
縁(ふち)を拡げれば、器(うつわ)もそれによって大きくなり、
運の入る分量も増えていくのではないでしょうか。
ところが、縁を小さくしてしまうと、運の入ってくる口が狭くなり、
チャンスもそれに見合う小さなものになってしまうというわけです。
やはり、「縁」は積極的に拡げた方がよさそうですね。

では、「縁」を拡げるにはどうしたらよいでしょうか。

「縁」を拡げるには、「人脈拡大」が有効な手段であることは誰にでも理解できます。
しかし、言うは易しく、行うのが難しいのがこの「人脈拡大」ではないでしょうか。

企業の営業マンのように、毎日新しい人に会っていくのが仕事なら、
仕事としてそれに取り組むことができますが、
なかなか普通の暮らしの中では、そうした意図的人脈拡大の機会はありません。
思い立ってすぐに人脈拡大など簡単にできることではありませんね。

でも、ある日、「運」が「縁」を運んで来てくれた時に、
それを確実にものにする日頃の心がけはできると思います。

例えば、日常の中で「挨拶」がきちんとできること。
職場での「おはようございます」や「ありがとう」は当然としても、
近所の顔見知りの方に道で会ったら「こんにちは」くらいの会釈ができるようにはなっておきたいものです。

私は、優秀な教え子でも、挨拶がきちんとできない内は、一人前と認めないことにしています。
挨拶ができない人間は、「縁」を拡大することができませんし、
ましてや、「運」を呼び込むことなど到底無理ですから。

特に自分が人の上に立つような立場になるのであれば、他人からの挨拶を待つのではなく、
率先して、自分の方から声をかけ、頭を下げる姿勢が大切です。

こうした小さな和やか行為が、「縁」を拡げ、やがて、必ず「開運」に結びつくと私は確信を持っています。