- 2018年10月29日
- vol.50「なでなでの力」アイラ・アリス
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最近ふと思ったことの(どうということはない)お話です。
発端は、なぜ動物たちは、
こんなにも人に撫でられるのが好きなのかしら、という疑問。
ペットを飼ったことのある人なら誰でも、
その動物が飼い主の“なでなで”を、
ごはんやおやつと同じくらい好きだということを
実感しているでしょう。
人懐こい犬はもちろんのこと、
クールで素っ気ないと言われる猫でさえ、
“なでなで”を要求します。今までは、
「子供のころに親に愛情をこめて舐めてもらった記憶から、
成長しても同じようなことをされると安心するのかしら」とか、
「毛繕いをしてもらっているようで気持ちがいいのかしら」
くらいに思っていましたが、
どうもそれだけではないような気がしてきました。例えば最近はインコやオウムなど、
鳥もペットとして人気があるようですが、
鳥類はきっと、親に舐めてもらった記憶はないと思うのです。
でも彼らも、もちろん慣れている子に限りますが、
人間の手が大好きで、自ら進んで手の中に入ってきたりします。
お猿さんたちは確かに仲間同士でよくグルーミングをしていますし、
清潔にする、という目的以外に社会的な意味もあるようですが、
“なでなで”とは少しちがうような気もします。さてでは、人間の“なでなで”にはどんな魅力があるのでしょう?
人間同士でも、もちろん“なでなで”はしますね。
「手当て」という言葉に見られるように、
「本来人の手には癒しの力が備わっているのだ」という
考え方があることも、個人的には納得しています。
でもそれでもまだ根拠として不十分な気がするほどに、
動物たちの“なでなで”への憧れは強いと思うのです。では何か。
私ももちろんはっきりと結論を出せるわけではないので、
ものすごくふんわりと、ドリーミーな見解ではありますが、
それは相手への愛情や共感、守りたい、という気持ちが
伝わることなのかな、と思います。
親から受けた愛情に似てはいますが、“なでなで”をされた方は
相手を「親」と思っているわけではなく、
むしろ「親でもないのに」そういった感情を与えてくれることへの
驚きと感動、喜びがあるのではないかと思うのです。私たちは、動物が異種間で愛情を表現すると感動を覚えます。
「犬が仔猫を育てました!」なんていうテーマは、
ネットでも話題になりますよね。
でも考えてみれば人間は、それを何の疑問もなく
普段から自然に行っています。
自分や家族以外の人、人間以外の生き物、自然やモノにまで愛情を傾け、
慈しむことができるのです。人間は他の動物と何ら変わらず自然の一部であり、
皆平等である、というのは確かだと思いますが、
それでも私たちにしか果たせない役割があるのだろうと思います。
その役割を果たせば、動物や自然、ひいては地球を守るということになり、
当然私たち人間自身をも救うことになります。
そしてそれを実行しようと思うとき、この“なでなでの力”は象徴的であり、
無視できないように思う、秋の一日です。